夢を見ているような、うっとりとした心持ちは「夢見心地」。これをタイトルにしたのは写真の雰囲気をアピールしたいというわけではなく、友人からこれらの写真は私の日常を忠実に表現していないというコメントをもらったからだ。どうやら私は自分より、他人のことを愛しているらしい。今暮らしている街、片思いのあの人のこと。周りの素敵な友だちや、公園で遊んでいる子、野球を撃つ少年、またはすれ違った若い恋人。誰にでも輝く時間は必ずある。「日常を撮る」というテーマを選んだ私は、自分以外の誰かの日常、その輝く一瞬を撮り続けてきたのである。友だちの才能、子供の無邪気、野球少年の旺盛、恋する気持ち。私の日常にないものは被写体が持っている。一歩距離置いて観察して、心が動いた瞬間でシャッターを切る。それは私の「夢見」のスイッチだったかもしれない。「いいなぁ」と単純に思う。誰かの輝きの日常を写真で記録すると、きりきりっと寒い冬の朝に渡された温かい湯のように、安堵の気持ちが不思議に沸きあがってくる。



















